ジェンダーの問題に,カントの倫理学を応用するとどうなるか.考えてみよう.
カントには『人倫の形而上学』という著作があります。
その中でカントは、結婚(marriage, 独Heirat)について興味深い議論をしています。
それについて問題を作ってみましたので、解いてみてください。
ジェンダー倫理学【大問1】ベンサムの功利主義を理解する
ジェンダー倫理学【大問2】ベンサムの性差理解
問題(大問3)
以下の文章は,男女の結び付き(繋がり)についてのカントの倫理的見解[1]をまとめたものである.それを読み各設問に答えよ.
こんな格率を考えてみよう.
格率:「私」は,自分に恋人なり配偶者が居るなら,彼(彼女)とのみ性交渉をする.
この格率を普遍化する議論として以下を考える.
議論:恋人にせよ,配偶者にせよ,「私」が彼(彼女)以外の者と性交渉することに,相手は強い不快感を覚えるに違いない.これは経験的なことではなく,人間本性的に理解できることである(この理解の根拠として共感能力などを想定しなければならないが,ここでは自然的事実として認めておく).そして,その不快感を回避することは,功利主義的な理屈(いわゆるベネボランスの苦の回避)ではなく,男女の繋がりを維持するために不可欠であるに違いない.なぜなら,誰も不快な相手と一緒に居たいと思わないだろうから.以上の理由により,当該格率は普遍化される.つまり,それは義務となる.
以下設問:
問1・・・この格率を立てるに至った,元々の問いを想像し,答えよ(例えば格率「私は学生時代恋人を作るつもりだ」に至った,元々の問いとして「なぜモテない人はダメなのか?」が考えられる).
問2・・・上掲格率を義務の形に言い変えよ.
問3・・・普遍化の議論を3つのタイプに分類した時(論理的議論,経験的議論,形而上学的議論),上掲議論はどのタイプの議論になるだろうか.そう答える理由も述べよ.
問4・・・上掲議論は反駁できるだろうか.できる限り精密に論展開して答えよ(ただ「はい」「いいえ」で答えてはならない).
本設問の質問はコメント欄に書いて下さい
大問3はここまでです。
質問などありましたら下記コメント欄にお願いします。
追記:気になったこと
問4について「解答」の形で意見をもらった時、以下の2タイプで「反駁できる」という議論をもらいました。
タイプ1.「誰も不快な相手と一緒に居たいと思わないだろうから」の下りで、必ずしも男女のつながりを維持するために、心地よくある必要はない、という反論。
タイプ2.配偶者が自分以外の異性と性交渉をすることを許す文化が実際にある、という反論。
タイプ1の反論は論理的議論です(或る種の懐疑論ともいえる)。そうではなく自然的事実の話として(ヒュームがいうような「男女間の自然な結びつき」)、心地よくあることは必要だと議論しています。なぜ、浮気なり不倫が許しがたいのか、よく考えてもらいたいと思います。そこに感情は避けられないものとして入り込んで来ます。それを共感を介し、経験的偶発的なことではなく、必然的な事実として盛り込んでいるのが上掲議論(問4の議論)の特徴です。刑事事件でいう被害者感情なんていうのも、この類の必然的な、共感を介して想定される感情だと私は考えています。
タイプ2は経験的議論です。そういった「実際にこうである」というデータは上掲議論(問4の議論)では考慮に入れられていません。
注
[1] 『人倫の形而上学』VI276 and the following.
VIはアカデミー版第6巻を表す.



コメント(ディスカッション)