不老不死は可能か

哲学確率自然科学

永井俊哉(ながいとしや)さんの『不老不死は可能か』を読ませてもらってます。本記事は、その感想です。


 

Amazonで販売当初、無料で配布されていたので、いい機会だと思い永井俊哉(ながいとしや)さんんの『不老不死は可能か』という著作を読ませていただきました。

 

同じ哲学畑のかたなので、それなりに刺激を受けることができました。

 

流行なのか?

 

いまこの記事を書くのに再度Amazonで「不老不死」検索したのですが、不老不死というのは現在、流行なのでしょうか?

 

堀江貴文(ほりえたかふみ)が類似の本を出していて、そういう風潮があるのか(そこへと関心が集中しているのか)、私(管理人)にはわかりません。

 

 

 

実現可能でないことを実現可能ということ

 

私(管理人)自身、自然科学の言説には懐疑的で、典型的には地震学に象徴されるような実現不能性(地震学の場合は地震予測不能性)が、科学者が人前で話している時にはよく、隠ぺいされているようにおもえます。

 

Engineering Ethics on Fukushima, International Journal of Humanities and Social Science, Vol.3, No.3 (2013)

 

この論文でも触れられていることですが、科学には限界があります。しかし、一般人の前に出される時、その限界、不可知性ないし実現不能は隠され、あたかもすべてが実現可能であるかのように説明されます。

 

地震学だったら、地震は予測可能。

 

そして不老不死だったら、不老不死は実現可能。

 

AIが人類を淘汰する、等々・・・

 

そういった説明における隠ぺいのようなものを、今回、永井俊哉さん自身の意見ではなく、彼の文章を通して紹介される科学者の議論を読みながら感じずにはいられませんでした。

 

オーブリー・デ・グレイ(Aubrey de grey)という人物が出て来るのですが(永井俊哉著『不老不死は可能か』第1章第2節第1項)、彼は計算機科学者です。

 

オーブリー・デ・グレイ(Aubrey de grey、1963年4月20日 – )はイギリスの計算機科学者、老年学者、著述家。[…] ケンブリッジ大学Ph.D.

出典:オーブリー・デ・グレイ(Wikipedia日本語) 

 

なんで計算機科学者が生物学について確信的なことをいえるのか、まず、そこが引っかかりました。ただ、これは永井俊哉さんの論述の不備ではなく、オーブリー・デ・グレイという人物そのものへの懐疑です。

 

決定論

 

科学の限界は、決定論(の否定)をめぐる議論として、昔から哲学では話題になってきたとおもいます。私(管理人)の知る限り、それを最もよく象(かたど)っているのはラプラスの悪魔です。この議論は『確率の哲学』第3章で論じられています。

 

これと関係あるか、関係ないか、ひとそれぞれで印象が違うと思いますが、私が今回、永井俊哉さんの『不老不死は可能か』を読みながら思ったのは、もう少し(ラプラスの悪魔のような)哲学的な話へ傾斜させてもらいたかった、ということです。

 

緻密な科学的議論の紹介は、確かに有用ではありますが、一読者としては、少々疲弊してしまいました。

 

いずれにせよ、情報量が多いので、すこしずつ読ませてもらってます。

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